亡くなった人へ手紙を書いてみませんか?
あなたの投稿をお待ちしています。(1000字以内でお願いします。)
2004年11月
亡くなった夫へ
貴方がいなくなってもう20年も経ってしまいました。
2004年2月11日午後9時34分新婚当時暮らしていた、奈良県大和郡山の駅近くで電車に飛び込み
自らの命を断ってしまいましたね。
「仕事ができません。何でかわかりません・・・・・・・すみません。ごめんなさい・・・・・
・・・」と遺書を残し。
当初は、仕事を一生懸命してなんで謝ってるの?私を残してかってに死んで!となんで?
どうして?という怒りの感情と自分が気づけなかった。助けられなかったという自責の念が
交互に押し寄せましたよ。
そちらの世界はどうですか?
楽になりましたか?それとも、後悔していますか?
あなたも私も今まで身内を見送りましたよね。私の姉は50才で乳ガンで逝ってしまった。
そしてあなたの両親。私の両親。愛犬のマミーちゃんと。
そちらでは、みんなと仲良く楽しくおしゃべりしていると想像しています。
今も仏様の前で、お墓の前で「なんで死んじゃったのよ。居てほしかったよ」
「ごめんね。なんで最后の電話で・早く帰ってらっしゃい・と言えなかったのか
ごめんね」とつぶやきながら手を合わせています。
このつらい・悲しい気持ちは私が死ぬまで、墓場まで持っていきましょう。
でも今は、あなたが残してくれた子供たち二人、しっかり私を支えてくれています。
そして私を支えてくれた、友人、親戚・お坊さん、葬儀屋さん、皆さんに感謝しつつ、
残りの人生。あなたがくれた命大切に楽しく過ごしたいと思いますので待ってて下さいね。
節子
2002年
亡くなった次女へ
生まれたときから、病気がちで
3か月の時には一時、呼吸も止まって心配だらけでした。
でもそれを乗り越えてからは、心優しい子でした。
でも、小学校に入るころから、いじめにあうようになっていました。
段々症状が出始め 自傷が続くようになり
精神科に通い始めましたが
一向に良くならず、ひと時も目を離せなくなっていきました。
状態のいい時は、洋服が好きで、お店で選ぶのが楽しみでした。
でもだんだん状態が、悪くなり 毎日病院へ行って
点滴してもらう日が続きました。
自傷の度合いも進み、たくさんの血を流す日も続き
本人も私も疲れ切って、入院して落ち着かせた日もありましたが
段々死亡願望が強くなり、とうとう縊死してしまいました。
入院していた時で、その日も病院に行っておしゃべりし
また明日ねと笑って別れた後だっただけにしんじられないおもいでした。
居なくなってからも、またどこかからか来てくれる気がして
もう10年以上そのままでしたが、
この頃やっと、気持ちの整理がつくようになりました。
忘れることはできませんが、少しでも前に行こうと思ってます。
2020.6.29 るなまま
2011年5月
24歳で亡くなった息子へ
あなたが亡くなってから8年。
この頃、どうにかあなたが亡くなったという事実と折り合いがつけられそうになりました。
それでも時々、昔食事が出来上がった時にそうしていたように、階段下から大声で呼びたい衝動にか
られてしまいます。
「たけ~。」と。
あなたの部屋に風を入れ、少しずつ片付けようと思っています。
母も、少しずつあなたの傍に行く準備を始めようと。
それまで、私のことを『おふくろ』と呼んでいたあなたは、亡くなる少し前から、『かあさん』と呼
んでくれるようになりました。
そのやさしい響きが好きでした。
辛い別れをすることになってしまったけれど、それでも母はあなたに会うことができて幸せでした。
たくさんの幸せな時間を過ごし、たくさんの思い出が残りました。
あなたは、どうだったのだろう?
辛いことばかりではなかったよね?
まだしばらくはお迎えに来ないでね。
結婚すらしていないあなたの妹の子育てが一段落するまで・・・。
あなたに、「母は天寿を全うしたよ。」と報告する日を楽しみにしています。
2019.5.10 れいこ